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傘寿も過ぎ気力・体力不足に悩む日々。旅もスキーも年貢の納め時かも。まだ少し残っている知力・気力・体力を使い何をしょうか?

大連・瀋陽 ① (9/29) [海外旅行2007年]

 2007-09-29(土)曇り 1日目

 ちょうど3ヶ月ぶりの海外旅行だ。
中国は初めてだと言いたいが、何故か中国が生誕地なのだ。
遼寧省鞍山市で生まれた。戸籍謄本にもそう記述されている。
要するに引き揚げ者ということだ。

 下手すれば残留孤児となり今頃中国で食うや食えぬの貧困生活を送っていたか、否、とっくにあの世に行ってたかもしれん。終戦後、両親が苦労して日本に連れて帰ってくれたから今のあたしがある。ありがたいことだ。

 勿論、60 年以上の歳月が過ぎているので生誕地と云っても現実味を感じる訳ではない。心の問題ということにしておこう。
父親は10 年前、母親は今年亡くなった。日本→満州→日本と我が両親は移動した訳だが詳しいことは話さなかったなぁー。

 いつか詳しく聞こうとおもっているうちに死んじゃった。
我がルーツであり親のプロセスでもある満州・・・・
今回は列車で我が生誕地の鞍山市を通る。
しかも特快(日本での特急)の停車駅だ。
帰ったらお墓に報告する。観光は大連、瀋陽(昔の奉天)が中心だがどちらも両親から聞いたことのある地名だ。

P1020163.jpg JALはやっぱり安心感が違う。
今回の旅行は天気に恵まれなかつたため画像を小さくしてみた。それでもボケた画像ばっかりだ。相当なウデの悪さということになる。納得!

 大連周水子国際空港だ。まずは大連市内の観光から始まる。

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 空港近辺は広々としている。大連の人口は約600 万人。大都市だネー。
海に面しているのに大陸性気候の影響なのか、夏は涼しく1月の平均気温は
-5 ℃とのことだ。市内は坂道が多いため自転車はあまり走っていない。

P1020168.jpg 道路脇でリンゴを売っている。
日本ではありえない光景だ。
1個2元ぐらいかなぁー。

 水師営会見所。日露戦争終結時の日・露両軍の会見場所だ。まるで日本人観光客のためのみ存在しているかのようだ。歴史も建物も今の中国の発展から鑑みるとどんどん風化している。中国人は全く興味ないと思われるし、ロシア人にいたっては屈辱の場所だもんなぁー。

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P1020179.jpg 203高地。乃木将軍がロシアから奪回した高地だ。標高203 メーターある。
旅順港に向けて砲撃できる最高の拠点になる。現在、旅順港は中国海軍の基地のため近づくことができないし、写真撮影も禁止されている。

 日露戦争後、乃木将軍は高地に散乱していた砲弾などを集め日本に持ち帰り、「爾霊山」と称した弾丸型の記念碑を作りこの高地に建てた。

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 大連自然博物館だ。中国の青銅器、漆器、書画、ミイラ等いろいろなものが展示されている。恐竜の化石や隕石などもあり中国の広さを再認識した。

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 大連市内だ。市電だね。高層ビルと遊園地、中国版お台場???

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P1020203.jpgP1020207.jpg

 ホテルから俯瞰。32階の部屋だ。
絶景・・・アッハッハのハッハッハ




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